大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

静岡地方裁判所 昭和23年(行)5号 判決

原告 原田竜作

被告 静岡県農地委員会

一、主  文

原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

(一)  請求趣旨

原告訴訟代理人は「被告は原告の訴願に対する昭和二十三年四月三十日付訴願裁決第一六九号の裁決中訴願人の申立を容認しない部分を取消すこと。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求めた。

(二)  請求原因

原告訴訟代理人は右請求の原因として次の通り述べた。

原告は静岡市古宿二百十四番地宅地百八坪五合を所有しているところ久能地区農地委員会は訴外山下しもの申請に基いて自作農創設特別措置法(以下自創法と略称す)第十五条第一項第二号に該当するものとして右土地に対する買収計画を樹立した。原告は右決定に対して異議の申立をなしたところ昭和二十三年一月三十一日棄却されたので更に被告に対し同年二月十日訴願をなした。ところが被告は同年四月三十日付を以て「現在原告の耕作している部分に関してはその申立を認容し、その他の部分についてはこれを棄却する」旨の裁決をなし結局右宅地百八坪五合中七十坪五合についてはこれを買収する原処分庁の買収計画を維持した。

併し右裁決は次の各点に於て違法があるから取消さるべきである。

(1)  申請者山下しもは本件宅地の借地権者ではない。元来本件土地は原告が昭和十二年六月五日訴外山下長吉に賃貸したものであつてその後右長吉が昭和二十年十一月十四日死亡したので引続き家督相続人である長男長五郎に賃貸しているものであり現在の借地権者は右山下長五郎であつて山下しもに賃貸したことはない。原告が曩になした山下しもが本件宅地の借地権者である旨の自白は真実に合せず且原告の錯誤に基くものであるから取消す。結局山下しもは自創法第十五条により本件宅地の買収申請をなす資格のないものである。

(2)  若し然らずとしても更に(イ)右山下しもは農業に精進する者と原処分庁は認めているが同女は今般の農地改革に当つて低廉な価格を以つて農地の購入を計ろうとして自ら耕作したことのない川島安五郎の耕地を自ら耕作していたかの如くに装つて自己の小作する土地として政府から売渡しを受けたのであつて農業に精進するものではなく、(ロ)又本件宅地は山下しもが開放を受けた前記耕作地とは、その位置環境等に於て関係なく且つ本件宅地は農業経営に利用されていない。(ハ)又本件宅地の面積は七十坪五合であるのに対し山下しもが開放を受けた耕地は僅かに二畝十三歩であるので僅少な耕地の営農の為に広大な宅地を要するとすることは不相当である。而も(ニ)本件宅地上の家屋二棟は山下長五郎、山下金雄に夫々所属するもので山下しも所有の家屋は存在しないので宅地の買収の必要がない。(ホ)更に山下しもの主たる収入は同居家族たる四男与佐夫の箱造り等の日傭賃、娘スミ枝の事務員としての収入、長男長五郎の日傭賃であつて農業による収入は主たるものではない。他方(ヘ)原告の実弟志郎は終戦後復員して現在原告方に来ているが原告には本件宅地以外には宅地として使用し得る土地がなく已むなく原告所有の同所二百十三番地ノ一の畑中に農具小屋を改装して家族と共に居住している事情にあるのであつて、原告は近く自ら本件宅地を使用する必要のあるものである。以上各点より考えれば本件宅地を買収するのは不相当であつて買収計画の樹立は違法である。

結局本件宅地の買収計画は違法のものであるに拘らず本件裁決はこれを維持したのであつて違法の裁決であるからその取消を求める為本訴請求に及んだものである。

(三)  被告の答弁

被告訴訟代理人及び被告指定代理人等は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め答弁として次の通り述べた。

原告の主張事実中本件係争地が原告の所有地であること、久能地区農地委員会が原告主張の通り買収計画を樹立し、被告は原告の訴願に対しその主張の如き裁決をなしたことは認める。更に本件宅地上に存在する家屋二棟は夫々家屋台帳面に於ける所有名義者が山下長五郎と山下金雄であること、山下しも一家が農業以外に収入のあること、山下しもが今次の農地改革により農地の売渡を受けた者であることは認めるがその余の事実は否認する。本件宅地を山下しもに賃貸した旨の原告の自白の取消には異議がある。原告の右自白を援用する。即ち本件宅地の賃貸借が当初原告と山下長吉との間に行われたものとしても山下長吉は右契約締結後放蕩して出奔した為山下しもが家政を執り長吉は既に亡き者として原告も本件宅地の賃貸借は山下しもとの間のものとして継続して来たもので、暗黙の中に原告山下しも間に賃貸借契約が成立したものである。又本件宅地上の家屋二棟はその家屋台帳面上の所有名義者如何に拘らず真実は山下しもの所有である。山下しもは従来畑一反二畝十一歩の自作をなしていたもので今般自創法第三条第一項第一号により政府に於て買収した静岡市古宿百九十四番地の一畑二畝十三歩につき自作農になるべきものである。元来本件土地の所有地である久能地区は耕作地が僅少で従つて所謂純農は極めて少なく農家と云つても農業の傍ら、漁業を営みあるいは時節によつては製塩等の日傭取りをしている実情であつて山下しもの同居家族が日傭取りをしているからと云つて農家としての適格性を没却するものではない。よつて原告の請求は理由がなく棄却せらるべきものである。(証拠省略)

三、理  由

原告が静岡市古宿二百十四番地宅地百八坪五合を所有していたところ久能地区農地委員会が同宅地に居住している訴外山下しもの申請によつて自創法第十五条第一項第二号に基いて右宅地の買収計画を樹てたので原告はこれを不服として、同委員会に対して異議を申立てたところ、棄却せられ更に被告に対して訴願したが被告より昭和二十三年四月三十日付を以て「現在原告の耕作している部分(三十八坪)についてはその申立を認容し、その余の部分についてはこれを棄却する」旨の裁決の為されたことは両当事者間に争なく、而して山下しもが自創法第三条第一項第一号により政府が買収した農地の売渡を受けて自作農になつたことは原告の明らかに争わぬところである。

ところで成立に争のない甲第四号証、証人山下しもの証言並びに原告本人訊問の結果の一部(不措信の部分を除く)を綜合すれば本件宅地はもと山下しもの夫長吉の所有に属し、同人が約十三年間放埒の末その財産処分に際して原告に売渡すに及び右長吉において改めて昭和十二年八月五日原告より右土地(但しその後三十八坪を除き残地七十坪五合)を期間を五ケ年とし建物の所有を目的として賃借したのであるがその後程なく長吉は放埒の為妻子を置去りにして家を出てしまつたので山下しもは子供を抱えながらも女手にてよく農耕に励み家計の維持につとめ右宅地の地代も毎年滞りなく原告方へ持参して支払う一方右宅地を買戻して家運を挽回せんとし、右期間満了の昭和十七年八月頃原告方に至つて右宅地の売渡方を申入れたところ被告は自家の都合上即座には譲渡することを承諾しなかつたが引続き右山下しも及びその家族が右宅地上の住家に居住することを許し地代を徴して引続きこれを占有使用せしめ来つたことを認めることが出来る。右認定に抵触する原告本人の供述部分は措信し難く他に右認定を覆すに足るものはない。そうすると其の頃右山下しもは原告の承諾の下に右宅地に対する賃借人たる地位を承継し同一内容の賃借権を取得したものと認めるのを相当とする。尤も本件係争地上の家屋が台帳面上一棟は訴外山下長五郎、他の一棟は訴外山下金雄の所有名義となつていることは被告のみとめて争わないところであるが、証人山下与佐夫、同原田音三郎の各証言並びに検証の結果によれば右山下しもはその構造上物置と認められる長五郎名義の家屋に長五郎夫婦を住わせ自己は甥にあたる右山下金雄と同人名義の家屋に同居しているが同一世帯を成ししかも右しもにおいて世帯主として従来右家屋の増築や修理を行い或は本件宅地の地代等も自ら負担支出する等事実上一家を主宰して来たことが認められるからたとえ右家屋の所有名義は右しもに属しないにしても同人において右宅地の買収をうける何等の利益なきものと速断し難きこと明らかでこの点に関する原告の所論は理由がない。されば久能地区農地委員会が右山下しもに於て本件宅地に付賃借権を有するものとしてその買収の申請を受理したのは相当で、従つて右山下しもに借地権がない旨の原告の主張は理由ないものと言わなければならない。

次に本件宅地の買収は不相当であるとの原告の主張につき考えるに、先ず原告訴訟代理人は山下しもは農業に精進する者ではなく農業の生産力の発展に資し得ない者であるに拘らず偶々本法の施行によつて本件宅地を低廉な価格で入手しようと謀つて遽に耕作を始めて農家経営者を装つた者である旨並びに本件宅地は山下しもが開放を受けた農地と位置環境上関係なく且つ農家として利用されておらないと主張するが、此の点に関する証人山下源太郎、同石川文蔵の証言並びに証人石川与市の証言、原告本人訊問の各一部(夫々措信出来る一部を除き)は信用し難く他に右主張を認むるに足る証拠はなく、却つて証人川島安五郎、同山下しもの各証言、証人石川忠夫、同石川与市の各証言の一部(前記不措信の部分を除く)並びに証人石川忠夫の証言によりその成立が認められる甲第八号証の一、二を綜合すれば山下しもは予て自作地一反十一歩を所有する農家であるが今次農地改革によつて従来から耕作していた訴外森運作所有の静岡市古宿砂場百九十四番地の一畑二畝十三歩の売渡を受け自作農となつたものであり、しかも本件宅地は右山下しもが主宰するその一家が久しきに亘り農業用住家の敷地として使用しているもので右自作地及び買受農地に近接し他に之に代るべき適地がなく従つて営農上極めて必要な土地であることを認めることが出来るから原告の前記主張も理由がない。

更に原告は本件宅地は七十坪五合であるに対し山下しもの開放を受けた農地は二畝十三歩(七十三坪)であるから僅かの耕地に対して之れに附帯する宅地が広大であり附帯買収の趣旨を逸脱していると主張するけれども、自作農創設特別措置法第十五条第一項に定むるいわゆる宅地の附帯買収が相当であるかどうかは単に自作農となつた者が開放を受けた農地に対する該宅地の関連性、必要性のみに着眼してその当否を検討すべきものではなく自作農創設の目的に稽え開放農地を得て従前の自作地と併せ始めて自作農として立ち得る場合には全耕作地との関係に於て宅地が営農上真に必要なりや否やまたその均衡を失せざるや否やを詳に勘案して決定すべきものと解するを相当とする。ところが本件宅地の面積が右山下しも所有の全耕地との関係に於てその比率が毫も均衡を失していないことは前示認定の事実より優に之を窺うことが出来るから原告の右主張も理由はないものと云わなければならない。

次に原告は山下しも一家の生計は主として農業以外の職業による収益により立てられている旨主張するから考察するに、成立に争のない甲第十三号証及び証人石川文蔵の証言(但し後記不措信の部分を除く)によると原告主張の通り山下しもの長男長五郎は土木日傭に、四男与佐夫は箱造りの内職や日傭をなし、又三女スミ枝は静岡市役所経済部農林水産課に勤務し、夫々相当の収入を得ていることを認めることが出来るけれども飜つて証人山下与佐夫、同原田只義、同原田音三郎の各証言を綜合すると右山下しもの居住する古宿部落地方は元来耕作地に乏しく保有反別は平均二反歩位で従つて純農は極めて少なく大方の農家は傍ら漁業を営み或は日傭稼ぎ等をなして生活費を補填しつゝも農家としてその生計を維持しているのであつて本件山下しも一家もその例に洩れず耕作地として事実上は前示認定した一反二畝二十四歩の外に尚隠れ田として二畝歩程を保有しこれを山下しもが四男与佐夫の援助を受けて耕作し野菜の栽培等をなして此の地方の通常農家としての収益を挙げておるものであり、一方四男与佐夫の日傭稼ぎ、箱造内職等は恒常的なものではなく従つてその収入も一定せず素よりこれのみを以て家計を支うるに十分でなく又三女スミ枝は定職を有し毎月一定の収入を得ているものの娘の常としてその収入の大半は自己の用途に費消し殆ど家計を補助するに至らない実情であることを夫々推知しうべく右認定に反する証人山下源太郎、同石川与市の各証言は措信し難く他に右認定を左右するに足るものはない。

次に原告は本件宅地を近く自ら使用する必要があるから本件宅地買収は不相当であると主張するのでこの点について考えるに証人原田志郎の証言の一部(後記不措信の部分を除く)及び検証の結果を綜合すれば原田志郎の現在居住する家屋は建坪六坪あり周囲は畑であつて尚多少の坪数を取り得る状況にあり一方その職業は運搬業日傭であつて家屋内に作業場を有する必要はなく夫婦二人の家庭として遽に本件係争地に住宅を建築する必要のないことを窺知することができ証人原田志郎の証言中右認定に反する部分は措信し難くその他この認定を覆すに足る証拠はない。以上の各事実を綜合して勘案すれば本件宅地の買収は相当であるから買収不相当であることを前提とする被告の裁決の取消を求める原告の本訴請求は到底維持し難いものと言わなければならぬ。よつて失当として之を棄却すべく、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条に則つて主文の通り判決する。

(裁判官 戸塚敬造 岡田辰雄 小河八十次)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!